ヤマニ味噌の歴史

ヤマニ味噌の歴史

創業明治二十年の老舗

関東地方の庶民の間に味噌が普及したのは、遠く信長、秀吉のころからと言われ、江戸幕府の繁栄とともに下総は、豊富な米と大豆それに行徳の塩を背景に、味噌・醤油の名産地となりました。
堀田十一万三千石の城下町として栄えた佐倉の市内には、今でも「味噌部屋」という地名が残っています。これは、武士が戦時はもちろん、平時でも、いかに貴重な栄養食糧として味噌を考え、育てていたかを物語っています。
古いもので百年以上使用している杉の木桶。
何代にも渡り使い続けられた木桶にしか出せない味があります。代々受け継がれる伝統の製法を守り、他では味わえない、ヤマニ味噌だけの味をお届けいたします。

株式会社ヤマニ味噌 沿革

株式会社ヤマニ味噌 沿革

明治

1887年明治20年

9月7日、千葉懸佐倉町(現在の千葉県佐倉市)において、初代藤川已之助が「藤川已之助商店」を創業する。

PEOPLE1代目 藤川已之助

安政6年 千葉県香取市生まれ
当時、どの家庭でも購入した麹をもとに、自宅で味噌を仕込んでいた。
元々、麹造りを生業にしている家であったが、初代藤川已之助は「これからは、各家庭で味噌を作らない時代がくる」と、味噌製造技術と商いについて深く学び、当地佐倉において、ヤマニ味噌の前身となる「藤川已之助商店」を興した。

当時の帳簿
 

1907年明治40年

2代目藤川已之助が代表就任

PEOPLE2代目 藤川已之助

明治20年 千葉県佐倉市生まれ
初代藤川已之助が作り上げたヤマニ味噌の礎を守り受け継ぎ、味噌製造技術の研鑽を日々重ね、品質の向上に心血を注いだ。
良質な原料が手に入る佐倉において、藤川已之助商店の味噌の味は評判を呼び、県内のみならず、県外(東京方面)からも注文が入るようになる。

 

また、社員教育にも熱心であり、従業員を叱る際は決して怒らず、駄目と言わず、ユーモアを交え、諭し教え導いていった。
その結果、多くの職人達から人望を集め、数十名の個性豊かなを職人集団をまとめ上げた。

昭和

<佐倉連帯の御用味噌蔵>(昭和10年代)

昭和10年代、それまで佐倉には多くの味噌屋があったが、戦争により味噌製造の継続が出来なくなり、多くの味噌屋が閉店を余儀なくされた。
3代目及びヤマニ味噌の職人達も、徴兵によりみな戦地へ赴く事となったため、味噌の製造が極めて困難な状況となってしまう。
しかしヤマニ味噌は、佐倉連隊の御用味噌蔵の指定を受け、徴兵により欠けた職人達の役割を、佐倉連帯の兵士達が補ってくれたため、混迷の時代の中、事業を継続する事が出来た。

昭和初期の母屋建築時の様子

1940年頃昭和10年代後半

当時の木桶は、現在でも大切に使い続けています。

 

1948年頃昭和20年代前半

年が明け一番最初に味噌の出荷を行う「初荷」の様子。

 

1948年昭和23年

9月18日、株式会社ヤマニ味噌を設立

3代目 藤川已之助が代表就任

PEOPLE3代目 藤川已之助

明治44年 茨城県竜ケ崎市生まれ
茨城県竜ケ崎市の砂糖の卸問屋「高松商店」の7人兄弟の5番目として生まれる。
東京大学経済学部卒業後、都内会社勤めを行っていたが、2代目藤川已之助と出会い、その商売の才覚、人柄を認められ、婿養子として藤川家に迎え入れられた。
「佐倉はおみその産地です」のキャッチコピーや、当時先端だった袋詰め味噌等を広め、県内外に広く親しまれるヤマニ味噌を作り上げた。
また、愛する千葉県の為にという強い思いにより、千葉県議会議員を務めあげた。
※「佐倉はおみその産地です」というキャッチコピーには、戦争の時代を期に閉店せざるを得なかった、佐倉市内の多くの味噌屋の思いも込められている。

 
ビタミンカルシウム入りみそ
現在は生産しておりません

1955年昭和30年

花こうじみそ

昭和30年(1955年)、高度経済成長期を迎えた日本は、少しずつ生活も豊かになっていき、食も多様化し始めた。今まで、みそと言えば、長期間熟成させたものが一般的だったが、様々な食の好みに対応するため、白みその「花こうじみそ」を発売開始した。熟成期間は短い分、その軽やかな味わいが老若男女問わず好まれ、弊社のヒット商品となる。

パッケージは現在のものです

1962年昭和37年

増築して月に約35トンの味噌製造が可能となる。

1971年昭和46年

菜の花みそ

昭和46年(1971年)、創業当時から続く弊社赤みそを「菜の花みそ」として発売開始。

パッケージは現在のものです

1983年昭和58年

4代目 藤川浩志が代表就任

PEOPLE4代目 藤川浩志

昭和18年 千葉県佐倉市生まれ
早稲田大学理工学部を卒業後、3代目の背中を追い、味噌職人としての道を目指す。
味噌製造技能士の資格を取得するなど、日々味噌の品質向上に努める。
「胚芽米入りみそ」、「ちばの恵」など、新しい味噌の開発を行い、全国味噌鑑評会において、食料産業局長賞、審査長賞を受賞するなどの実績を残す。
現在も、味噌造りの肝となる麹造りは、全て4代目の管理にて行っている。
元千葉県味噌工業協同組合理事長
現千葉県味噌工業協同組合副理事長

1984年昭和59年

胚芽米入りみそ

麹造りにこだわるヤマニ味噌ならではの味噌を造りたいとの思いから、他にはない特別な麹(胚芽米)から造る、塩分控えめの「胚芽米入りみそ」の発売を開始した。全国味噌鑑評会において、食糧産業局長賞等を受賞する等、弊社を代表する味噌となる。

パッケージは現在のものです
2015年、全国味噌鑑評会において食糧産業局長賞を、2016・17年には審査長賞を受賞

平成

2009年平成21年

ちばの恵 発売開始

千葉県で創業したヤマニ味噌だからこそ造れるみそを、とのコンセプトから、千葉県産の原料にこだわった「ちばの恵」を発売開始した。木桶仕込み、天地返し、種味噌仕込み、脱皮大豆使用した半煮半蒸製法など、ヤマニ味噌のこだわりをとことん詰め込んだ味噌となっている。

 

令和

2020年令和2年

CIの改定

2020年の春、これまで133年間受け継がれてきた伝統を守りつつ、新たな100年先を目指し、ブランドを一新。

シンボルマーク

桜の中にヤマニが刻まれています。
「桜」マークは、当地「佐倉」を。
「山」は、蔵付き酵母が沢山住む、弊社の財産である、木造の蔵の梁を表し、
「二」は、木桶のたが、そして、滑らかな味噌をイメージして組み立てられています。

ロゴタイプ

木桶でじっくり熟成された滑らかな味噌をイメージしています。

タグライン

「百年前から、発酵中」は、まさに弊社の「種味噌仕込み」を表現しています。

ヤマニ味噌
 
Yamani Miso